12月24日(土)、第2期204回目の学習会を実施し、第3部第2篇「利潤の平均利潤への転化」の第8章「生産部門の相違による資本構成の相違とそれにもとづく利潤率の相違」をやりました。次回は以下のとおり第9章をやります。
【第2期第205回学習会】
【日時】1月28日(土)午後6時から9時まで
新型コロナ感染は第8波が続いており、新しい変異株も増えつつあります。警戒を緩めず安全に学習会を運営して行きたいと思います。マスク着用が会場利用の条件ですので、各自ご用意ください。
【場所】豊島区西池袋第二区民集会室・会議室 豊島区西池袋3-8-20(福祉ホームさくらんぼ併設)
【範囲】第2篇「利潤の平均利潤への転化」第9章「一般的利潤率(平均利潤)の形成と商品価値の生産価格への転化」
*以下は、前回学習会(第2期204回)の報告です。
【第2期第205回学習会】
【日時】1月28日(土)午後6時から9時まで
新型コロナ感染は第8波が続いており、新しい変異株も増えつつあります。警戒を緩めず安全に学習会を運営して行きたいと思います。マスク着用が会場利用の条件ですので、各自ご用意ください。
【場所】豊島区西池袋第二区民集会室・会議室 豊島区西池袋3-8-20(福祉ホームさくらんぼ併設)
【範囲】第2篇「利潤の平均利潤への転化」第9章「一般的利潤率(平均利潤)の形成と商品価値の生産価格への転化」
*以下は、前回学習会(第2期204回)の報告です。
コメント
コメント一覧 (2)
1ページ ①1パラ ……言います【。】
2ページ ②の上のパラ このようにマルクスは……と【マルクスは→不要】〔「マルクスは」が重複〕強調しています。
2ページ ②の3パラ ……混沌とした生の【混沌とした生の→不要】現実の……
3ページ「1 資本の有機的構成の概念」の1パラ ……この二つは、ある事情のもとでは同じ結果を【生むい→生む】とはいえ……」
11ページ 3行目 ……影響しないと【、→不要】いうことだろうと思います。
11ページ 「1 平均利潤率……」の最後のパラ ……すべての異なる産業部門を貫く平均利潤率【の相違?】というものは存在しえない(存在してはならない)こと、「それ(平均利潤率【の相違?】のこと――筆者)は資本主義的生産の全体制を廃止することなしには存在できないであろう」ということになります。
ikeshihonron19
がしました
1ページから3ページまでは単純な校正ですね。修正します。
問題は、11ページで、その箇所の説明は文章の内容に沿ってはおらず、単に【の相違】という語句を加えることで済まないレベルの記述でした。そこで、この段落を大幅に変えることにしました。以下の通りになります。
【訂正後】
本篇のテーマを頭に入れておかないと、ここの記述を理解するのはなかなか困難です(筆者はそうでした)。これまでは当然にも「諸商品が価値どおりに売られる」ことを前提に考察が加えられてきました。この前提のもとでは、産業部門が異なれば資本の有機的構成も回転期間も異なり利潤率も違ってくるという結論になります。しかし、マルクスは「他方」と前置きしたうえで、「産業部門の相違による平均利潤率の相違は現実には存在しないということ、そしてそれは資本主義的生産の全体制を廃止することなしには存在できないであろうということは、少しも疑う余地のないことである」と述べています。回りくどく「少しも疑う余地がない」という訳には行きません。これを平易にするとどうなるでしょうか? <産業部門が異なれば平均利潤率も異なるといったことは現実にはなく、もし産業部門ごとに平均利潤率が異なるということになれば資本主義的生産の全システムと相容れなくなる。だから産業部門が異なれば利潤率が異なるという価値理論は、この現実の運動・実際の現象とは一致しないように見え、したがって価値理論によってこの現実を説明することを断念しなければならなくなるように見える>ということになるでしょうか。平均利潤率の存在は価値理論と整合せず、価値理論を放棄しなければならないかのよう見えます。この“矛盾”は解決されなければなりません。これは次章以降で解決されることになります。
ikeshihonron19
がしました